販売商品 product

品番:X-3051

価格:売却済

七宝焼 置物

この作品は、七宝焼有線七宝 で作られております。
簡単に説明しますと、“銀線を使う七宝”。線で模様を描いて、そこに色を差していく 技法 です。
全て職人による手作業なので色の濃度にも個性が出ます。
この 逸品著名 な作家の作品でもなく、時代も新しく買取価格も安価です。
昔の明治時代に作られた七宝焼は、当時の 職人技 が素晴らしい 名品 があり、非常に高価に取引させています。

買取実績 PURCHASE RECORD

老舗骨董店の当店ならでは1000点以上の買取実績を写真入りでご覧ください。

九谷焼の陶芸作品の骨董品出張買取依頼を頂き、赤絵の作品を多数お譲り頂きました。

写真が8枚あります。くわしくはこちら 江戸時代から明治時代にかけて作られた九谷焼の皿です。写真をご覧のように、赤絵 の面白い 図柄 が細かく丁寧に描かれており買取ました。すべて手描きで、赤絵付けが素晴らしく、九谷焼 らしい可愛らしい 逸品 です。さすが昔の 職人技 と思わせる、面白い図柄や赤絵付けが冴える作品で買取ました。採光の加減で白く光っておりますが、傷やヒビ、割れ等無く、ご覧のように状態の良い 骨董品 です。この作品は、競り市やオークションで買い受けた作品ではありません。直接お客様より入荷した、うぶ荷と呼ばれる貴重な蔵出しの作品で、現状のまま販売しております。保存状態 の良い九谷焼、李朝 陶器 や 古九谷 などの 古陶器 はお譲り頂けます。 再興九谷焼について説明します。 江戸時代は日本の 陶器 といえば 伊万里焼 でした。ところが、江戸後期に、瀬戸で磁器産業が成功したことをきっかけに、加賀でも、春日山焼や若杉焼が作られ始めました。さらに、その若杉焼が成功したことで、大聖寺 藩でも九谷焼再興が始まり、通称大聖寺の九谷焼が始りました。明治時代に入って九谷庄三の彩色 金襴手 が有名となり、大量の九谷焼が海外へ輸出されました。このような九谷焼も同じです。