買取実績 buy

地元京都のお客様に伊万里焼の鯉の図をお譲り頂きました。

売却例の説明
写真が19枚あります。くわしくはこちら
横幅最大約 39.5cm 縦幅最大約 34cm 高さ最大約 5cm

地元京都の左京区のお客様が古いお屋敷を建て替えられるので、昔の 諸道具古道具 の整理を依頼され、どのように整理すればいいかわからず、また価格の査定もわからないので、当店のホームページをご覧になり、メールを頂きました。茶道具 また諸道具が沢山保存され、昔の面白い 古民芸置物 、また 絵馬 など面白い作品も拝見させて頂き、出張して買取させて頂きました。この作品は明治時代前期の古伊万里焼です。すべて手描きで、面白い昔の手作りの作品です。綺麗な模様で 上り の良い品物です。描き込みが 細密 で、染付 が非常に美しい飾皿です。写真のように、傷・割れ等無く、完品 です。保存状態の良い 伊万里焼 、李朝陶器などの 古陶器 は買取します。

この作品は伊万里焼ですが、伊万里焼が出来た後に伊万里焼に人気が出て、2番手の品物として少し粗雑に作られた瀬戸焼が安くて人気が出て、大量に作られました。その瀬戸焼の説明を少しさせて頂きます。5世紀後半に愛知県猿投地区の猿投窯は、奈良時代に日本初の灰釉陶器を生産し、一大窯業生産地となりました。この近くで灰釉陶器生産が開始され瀬戸窯が出来たと思われます。この地では、原料となる良質の木節粘土・蛙目粘土や、ガラスの原料となる珪砂を採取できました。室町時代末頃までは古瀬戸と呼ばれ、、皿等の日用雑器の生産が多くなり、次第に生産拠点が美濃に移る。この頃 六古窯 の中でも唯一施釉陶器の古瀬戸をせいさんした。古瀬戸の生産も始まり、四耳壺、瓶子、水注がつくられました桃山時代から、黄瀬戸・瀬戸黒・志野織部等、茶器が多く焼かれました。「せともの」という言葉は、陶磁器 を牽引してきた瀬戸焼からついた呼び名です。