伊万里焼の古陶器で骨董品売却依頼を頂き、向付やお皿の作品を出張してお譲り頂きました。
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先に品物を紹介させて頂きます。江戸時代末期頃の伊万里焼の 色絵 の 向付 で、古伊万里 とまではいかないでしょう。可愛らしい 図柄 が手描きで描かれており、非常に上がりの良い 逸品 で買取させて頂きました。割れや欠けも無く、保存状態 の良い、綺麗な品物です。大きさも丁度使いやすいサイズで、最近では、このような向付はコーヒーや紅茶、お酒を飲む器に使用され、たいへん人気がありますので高価買取させて頂きました。また小ぶりの向付は、中国茶を飲まれるアジアの 愛好家 が 煎茶道具 の煎茶碗として使用されますので人気があります。伊万里焼 は日本で最初に作られた 陶磁器 で、丁寧に何度も精製された細かい上質の土が使われており、昔の 職人技 が素晴らしい 名品 です。骨董品 や 茶道具 でも伊万里焼の 古陶器 は 上手 の陶磁器で日本のお客様に人気があります。後に、真似をして作られた、瀬戸焼 等の 陶磁器 とは違う、日本を代表する陶磁器です。
上の古陶器は伊万里焼なので伊万里焼について説明します。伊万里焼・有田焼 の起源は江戸時代の1616年(元和2年)に遡ります。鍋島直茂により朝鮮から渡ってきた李参平によって陶石が発見され、焼き物の歴史が始まりました。1650年(慶安3年)頃の作品は、染め付け呉須のみで仕上げられたシンプルで厚みのある焼き物です。この頃はまだ 上絵付 がされておらず、1647年(正保4年)に初代酒井田柿右衛門により上絵付がなされるようになりました。1640年(寛永17年)代には特徴的な 赤絵 の柿右衛門様式が生まれ、マイセンなどでも模倣されていました。1688年(元禄1年)になると赤や金を使った、華やかな 金襴手 様式(きんらんでようしき)が生まれ、焼き物の全面に模様が描かれるようになりました。1870年(明治3年)にはワグネルの影響で石炭窯が作られ、原料がコバルトになった 呉須 もまたたく間に全国へ広がりました。