秋田県湯沢市のお客様ですが、先代が骨董品のコレクターで子供さんから売却頂きましたが、子供さんは何もわからないので写真をお送り頂き宅配でお譲り頂きました。
売却例の説明
写真が7枚あります。くわしくはこちら
先代が大切にしまわれていた 諸道具 ですが、お亡くなりになり、売却したいとお電話を頂きましたが、品物を見ないと分からないので、LINEで写真をお送り頂きました。秋田県の湯沢市にお住まいで、近くには骨董店も無く、専門の骨董店に売却したいと思われお電話を頂きました。先代の方が 茶道具 や 骨董品 の コレクター で、名品や 珍品 を沢山残されており、それぞれの品物の説明をさせて頂きました。沢山の品物の写真をお送り頂き、お店で売れる数点の逸品を買取させて頂きました。最近盃が人気があり、今回、茶碗もお譲り頂きましたが、盃を買取させて頂きましたので、先に紹介させて頂きます。
十一代 樂吉左衛門(慶入)の盃で、共箱 が付いております。楽焼 は、轆轤 を使用せず、手とヘラだけで成形する「手づくね」と呼ばれる方法で成形し焼成した軟質施釉陶器です。とても柔らかくて壊れやすい焼物ですが、ひび割れや欠け等無く、大切に使われていた逸品です。この作品は、競り市やオークションで買い受けた作品ではありません。直接お客様より買い受けた、うぶ荷と呼ばれる貴重な蔵出しの作品で、現状のまま販売しております。
十一代 樂吉左衛門(慶入)は、文化14年(1817)に丹波国の酒造家・小川直八の三男に生まれ、十代 旦入の婿養子となります。弘化2年(1845)十一代 樂吉左衛門を 襲名 。嘉永7年(1854)に御所炎上で類焼しましたが、3年後には樂家を新築します。安政3年(1856)西本願寺御庭焼(露山窯)に従事し、西本願寺21世明如光尊より「雲亭」の 号 と「雲亭印」を授かります。明治4年(1871)弘入に家督を譲って隠居し、「慶入」と号します。明治23年(1890)に長次郎三百回忌の御 茶会 を催します。明治維新後の茶道低迷期の中、旧大名家の華族に作品を納めるなど家業維持に貢献しました。明治35年(1902)逝去。