大和絵

大和絵 ( やまとえ )

倭絵、和絵とも書く。
日本絵画史における基本的用語の一つとして、平安時代以来現在まで広く用いられたが、その概念は歴史的に何段階かに変化した。
平安時代には、中国的な主題を扱った唐絵 (からえ) に対するものとして、日本の風景や風俗を描いた絵、特に月次絵 (つきなみえ) 、名所絵などの屏風障子絵に対して用いられた。
すなわち当初の語義は主題上の区別であり、様式的な概念は含まれていなかった。
しかし鎌倉時代後期から宋元絵画の舶載が盛んになると、これらの中国画を唐絵と呼び、さらにその影響を受けた新様式の日本画、特に水墨画に対しても唐絵の語が用いられた。
すると反対概念である「やまと絵」も内容を変化拡大させ、平安時代以来の伝統的な風俗画や風景画を広く意味するようになった。
室町時代以降この種の伝統的絵画は宮廷の絵所 (えどころ)、ことに土佐家の人々によって世襲され、禅林を中心とする水墨画家や、和漢融合を意図する狩野派と対立するに及んで、やまと絵は流派的意義を含んだ様式概念となった。
江戸時代においては住吉派や復古やまと絵の画家などにも継承され、明治以後新しい日本画を生む基盤の一つとなった。

倭絵、大和絵とも書く。
〈やまと絵〉は、日本絵画史のうち宗教画を除く鑑賞的絵画、すなわち風景・花鳥画、物語・人物・風俗画などのジャンルにおける最も主要な基礎概念として、平安時代以来現代に至るまで長い間用いられてきた。
その意味内容はさまざまな変遷を経る中でしだいに多義にわたり、現在では、日本的な主題や画風をもった絵画を意味するかなり包括的な概念として使われている。 
今日、絵画が〈やまと絵〉的と形容されるとき、一般に豊麗な色彩の調和や装飾的感覚に裏付けられ、平明で多分に情趣的な内容をもち、日本的な感性や美意識に訴えかけるような表現に満ちている場合を指すことが多い。