カテゴリー: 陶芸

青瓷

青瓷 ( あおし )

「加うるに薬石をもってし、色に光沢あり」とあって、釉薬を施した陶器を指している。奈良時代の文書には瓷、瓷鉢、瓷油坏などの文字が見えるが、平安時代に入ると、867年(貞観9)の《安祥寺伽藍縁起資財帳》や950年(天暦4)の《仁和寺御室御物目録》に青瓷薫呂、青瓷鉢、白瓷盤などの記載があって、瓷器に青瓷(あおし)と白瓷(しらし)の2種のものがあったことが知られる。青瓷は1117年(永久5)の正倉院文書《綱封蔵見在納物勘検注文》では青子の文字を用いており、アヲシと呼ばれて三彩、緑釉陶器を指している。

三彩とは、緑色や褐色など3種類のうわぐすりをかけて彩色を施した陶器。中国の唐代に作られた「唐三彩」が有名。器や人物、動物などがあり、墓の副葬品に使われることが多い。唐に先立つ北斉の鉛釉陶器がルーツとされ、北方の遊牧騎馬民族がシルクロードを通じて西域の文化をとり入れ、漢民族の文化と融合させたとの見方もある。日本では奈良時代に唐三彩をまねた「奈良三彩」が作られた。
日本でも奈良~平安時代初期に作られていたが、唐三彩が最も有名。渤海や日本の正倉院に伝わる壺、鉢、皿などの三彩は唐三彩を模したものであるが釉調、作風、胎土などは唐三彩に及ばない。また平城宮、平安宮などから瓦、鉢などの三彩が出土し、古窯址も発見されて、日本でも三彩を生産したことが実証された。
陶器の加飾法の一つで、その加飾された陶器をも指す。三彩は三色で彩られることを意味するが、陶磁用語としては釉色の数にはかかわらず、一つの器に2種類以上の色釉がほどこされたはなやかな陶器をさす。

赤絵

赤絵 ( あかえ )

磁器の一種。
錦手、五彩、色絵などとも呼ばれ、多くの種類がある。
釉薬をかけて、高火度で焼き上げた白磁の器面に、赤、緑、黄、青、黒などに発色する上絵の具で模様を描き、錦窯(きんがま)と呼ばれる小型の窯に入れて低火度で焼きつけたものをいう。
この手法を上絵付けといい、これを陶器に応用したものが色絵陶器である。
赤絵は中国で特に発達し、その影響を受けて、ベトナムや日本でもつくられるようになった。
最古の赤絵といわれる赤絵は、中国の宋代で13世紀につくられた宋赤絵である。
明代初期には中国最大の磁器の生産地である景徳鎮でつくられ、宮中の御用品とされた。
特に成化年間のものが優れていたとされているが、現在に残っているものはまれである。
また、明代中期には、濃い赤や緑を使った古赤絵(こあかえ)と呼ばれる赤絵が大量につくられ、金彩を加えた金襴手(きんらんで)と呼ばれる豪華な赤絵の他、様々な技巧をこらした赤絵が生まれた。
ベトナムの赤絵は安南赤絵といわれ、15~6世紀頃につくられ、黄ばんだ軟調の生地と、柔らかい筆使いに特徴がある。
また、日本の赤絵は中国に次いで世界に名高く、最初の赤絵は寛永、正保(1624~47)のころ有田の陶工、酒井田柿右衛門が長崎在住の中国人に学んで創始したものといわれている。
その技法はまもなく有田一円に広まり、有田には赤絵町が生まれ、製品は伊万里や長崎の港から、日本はもとより、遠く海外にも大量に輸出された。

赤膚焼

赤膚焼 ( あかはだやき )

奈良市五条町付近で産する陶器。
赤膚山焼、五条焼ともいう。
陶土は西の五条山 (赤膚山) から運ばれる。
白い土質で、淡い赤みを帯びた灰白釉をかけ、京焼風の上絵付けをする。
江戸時代初期には遠州七窯の一つに数えられた。
生産は現代まで続いているが数次の断続があり、天保年間 (1830~44) の奥田木白 (もくはく) の作品が最も優れている。

奈良市の五条山(赤膚山)付近で作られる陶器。
遠州七窯(えんしゅうなながま)の一つ。
天正年間(1573~1592)に始まるが、茶陶としては寛政以後。

奈良市五条町の陶器。
五条焼、尭山(ぎょうざん)焼とも。
創業は天正説、享和説、遠州七窯説などあるが不明。
江戸中期、柳沢尭山(郡山城主)のころ再興され、名工木白(もくはく)(柏屋武兵衛)〔1799-1870〕が出てから有名になった。

奈良市・大和郡山市で製作されている。
小堀遠州の好んだ遠州七窯の一つに数えられる。
大和五条山附近一帯の土は製陶の素材として適し、古くからの窯業地。土器・火鉢などの製作が盛んにおこなわれていた。
その後、安土桃山時代に茶の湯がおこると、茶道具がつくられるようになった。
乳白色のやわらかい風合いと奈良絵文様などが特徴。
現在は、花瓶・茶器・水指など多様な作品がつくられている。
奈良県伝統的工芸品。

上り

上り ( あがり )

陶器の焼き上がりの事。

陶芸の魅力のひとつ。
微妙な色合いや色目など、釉薬のかけ具合や本焼きの時の微妙な温度などで変わってくるものなので、焼いてみるまで仕上がりがわからない、そんな意外性を楽しむ。

古陶器の素地の断面を見ると、同じ素地であるにもかかわらず、断面色が異なっている場合がある。
昔の坑窯では、焼成終了とともに焚き口・煙突口を泥で密閉した場合もあったようだ。
つまり、冷却還元焼成という状況になった場合も少なからずあったに違いないと推測する。
現代の焼成のように、キチンと酸化焼成・還元焼成という区分けは難しい。
薪をくべると超還元焼成状態になり温度が上がらず、しばらくして焚き口を開けると酸化により温度が急上昇する、そんな還元と酸化状況が極端に交互して焼成がなされたと思われる。
そして冷却条件も加味されるので、昔の焼成方法は、実に複雑であったと言わざるを得ない。
今でも、登り窯や坑窯を好んで使う陶芸家がいるのは、単に灰かむりを期待しただけでなく、そんな複雑な焼成条件が醸し出す微妙な古の色触を愛でた感覚に因るものであるのだろう。

酸化焼成
窯内に酸素を十分に取り込んで、徐々に温度を上げ青白い炎で焼きます。
還元焼成
窯内の空気の流れを遮断して、不完全燃焼の状態で焼きます。
赤黒い炎で一酸化炭素を発生し、黒い煙が出ることも。
燃料の種類や供給のタイミングが難しいため、高度な技術が必要。

アタリ

アタリ

陶磁器や陶器の事で、使用されているうちに、胴の部分に他の物が当たってできた放射状のニュウと釉薬のキズのこと。
骨董用語的には、大きな傷では無く、少しの傷のことで、本当に小さく少しだけ当たって出来た傷のこと。
アタリ以外では、同様の欠けた傷のことを「ホツ」・「ホツレ」とも呼び、器の裏(高台の内側)に放射線状に釉薬がヒビ割れていることを「鳥足(トリアシ)」と呼びます。
骨董用語的には大概の場合は、陶磁器の上にかけられた釉薬のみに傷が放射状に入っている場合のことです。
使用されているうちについた傷は骨董的価値が下がり、「傷もの」として扱われ、安価で売られています。

日本にも各都市にいろいろな、陶芸作品の窯元がありました。
また、大陸から渡ってきた、古渡り、唐物の作品も日本には数多く残っています。
そして、豊臣秀吉が連れ帰った、朝鮮の陶工、により伊万里焼の陶磁器の生産が始まり、陶芸作品が一挙に庶民にまで、いきわたりました。
陶芸作品は、登り窯のように火をくぐり自然の中で完成します。
作品の景色や、状態は、焼きあがるまでわかりません、そこに陶芸作品の面白さがあり、同じ窯で同時に焼かれても、一点、一点、違い同じ焼き上がりの陶芸作品はありません。
焼き上がりの景色や出来栄えにより価格は大きく違ってきます。
また、産地の特定や、時代の判断は、高台の土や陶芸作品の色合い、また図柄の伸びやかな生き生きとした大胆な構図、形で判断します。
そして藩や官窯になりますと、緻密で極彩色や空間の伸びやかさ、また精密に書かれた年号等で真贋を問われます。
このように陶芸作品の真贋を問う場合や、時代を見るのは数十年の経験が必要でしょう。
どの陶芸作品でも同じで、参考までに書かせて頂きました。

後絵焼物

後絵焼物 ( あとえやきもの )

陶磁器の場合ですが、古くなったものなどの顔料の色がはげ落ちているものに、新たに上から顔料をつけて焼き直してあるもの。
骨董的には、安物の簡単な絵が描かれた陶磁器に新たに上から顔料を付け、一番最初作られた時から焼かれていたように見せかけて焼かれた陶磁器で、偽物の品物のこと。
安物の品物の上に顔料を付けて焼き直し、上物に見せかけて、少しでも高価に売ることを考えて作られています。
本物の顔料の色をしっかり覚えておかないと、こうしたものに手を出し失敗することがあるので注意すること。

日本にも各都市にいろいろな、陶芸作品の窯元がありました。
また、大陸から渡ってきた、古渡り、唐物の作品も日本には数多く残っています。
そして、豊臣秀吉が連れ帰った、朝鮮の陶工、により伊万里焼の陶磁器の生産が始まり、陶芸作品が一挙に庶民にまで、いきわたりました。
陶芸作品は、登り窯のように火をくぐり自然の中で完成します。
作品の景色や、状態は、焼きあがるまでわかりません、そこに陶芸作品の面白さがあり、同じ窯で同時に焼かれても、一点、一点、違い同じ焼き上がりの陶芸作品はありません。
焼き上がりの景色や出来栄えにより価格は大きく違ってきます。
また、産地の特定や、時代の判断は、高台の土や陶芸作品の色合い、また図柄の伸びやかな生き生きとした大胆な構図、形で判断します。
そして藩や官窯になりますと、緻密で極彩色や空間の伸びやかさ、また精密に書かれた年号等で真贋を問われます。
このように陶芸作品の真贋を問う場合や、時代を見るのは数十年の経験が必要でしょう。
どの陶芸作品でも同じで、参考までに書かせて頂きました。

アマ手

アマ手 ( あまで )

焼成が不十分なために、器の表面全体に貫入(カンニュウ)が入ってしまった物のこと。
焼成時において、窯出しの時に、急激に温度が下がった為、素地と釉薬との収縮率の違いから、釉薬全体にひび割れが生じます。
左の手のひらの上に乗せ、右中指の第二関節でコンコンと叩くと、「びんびん」と鈍い音がします。
九州では無キズとして扱われるようです。
アマ手と言われる陶磁器は、使用していると、貫入に食べ物の色や汁が染み込み黒くなっていくこともよくある。
見た目も悪く一般的には安く売られています。

日本にも各都市にいろいろな、陶芸作品の窯元がありました。
また、大陸から渡ってきた、古渡り、唐物の作品も日本には数多く残っています。
そして、豊臣秀吉が連れ帰った、朝鮮の陶工、により伊万里焼の陶磁器の生産が始まり、陶芸作品が一挙に庶民にまで、いきわたりました。
陶芸作品は、登り窯のように火をくぐり自然の中で完成します。
作品の景色や、状態は、焼きあがるまでわかりません、そこに陶芸作品の面白さがあり、同じ窯で同時に焼かれても、一点、一点、違い同じ焼き上がりの陶芸作品はありません。
焼き上がりの景色や出来栄えにより価格は大きく違ってきます。
また、産地の特定や、時代の判断は、高台の土や陶芸作品の色合い、また図柄の伸びやかな生き生きとした大胆な構図、形で判断します。
そして藩や官窯になりますと、緻密で極彩色や空間の伸びやかさ、また精密に書かれた年号等で真贋を問われます。
このように陶芸作品の真贋を問う場合や、時代を見るのは数十年の経験が必要でしょう。
どの陶芸作品でも同じで、参考までに書かせて頂きました。

雨漏手

雨漏手 ( あまもりで )

朝鮮で焼かれた茶碗(高麗茶碗)の一種で、長年の使用により茶碗の内側に灰や紫色の浸みができ、それが天井や璧にできる雨漏の浸みのように見えることから、茶人がそう呼び慣らすようになりました。
一般的には朝鮮の粉引茶碗に多く見られます。
このように長年使用されたり年月が経って自然にできた模様もまた、茶人や骨董的には、魅力があり人気があります。

例えば堅手の酒器のように、もともと白い肌で、時代を経るごとに、表面に小さな穴(ピンホール)ができ、その周辺にポツポツと滲んだようなシミが現れます。
日本では、雨漏りがあることが名品の証とされており、骨董的価値があり、数寄者やコレクターの方達に人気があります。

一般の説明とは違い骨董品業界の場合は、特殊な言い方や表現があり戸惑われる方もおられますが、昔からの習慣や慣例に基づき続いている古い業界なので、大きく物事をとらえて頂き骨董品や茶道具を連想して考えて頂ければ、と思います。

飴釉

飴釉 ( あめゆう )

鉄分を含んだ釉 (うわぐすり) の一種で、酸化焼成で褐色になる釉薬のことです。
木灰、藁灰、長石、あか粉などを調合したもので、飴色に発色する。
食べる飴のような、柔らかい感じの発色や見た感じが食べる飴のように見える釉薬のこと。
発色にバラつきがあり、釉ムラが出やすいのが飴釉の特徴です。

代表的なものとしては、朝鮮の古陶磁、古唐津、古瀬戸や益子焼・笠間焼などの民芸陶器、そして石川県の陶芸家・大樋長左衛門の作品によく用いられています。
初代大樋長左衛門は、軟らかく粘り気のある飴釉という茶褐色の釉薬を使用し、手捏ねと箆削りにより、素朴ですが雅味のある茶陶を特色としています。

一般の説明とは違い骨董品業界の場合は、特殊な言い方や表現があり戸惑われる方もおられますが、昔からの習慣や慣例に基づき続いている古い業界なので、大きく物事をとらえて頂き骨董品や茶道具を連想して考えて頂ければ、と思います。

有田焼

有田焼 ( ありたやき )

佐賀県有田町で産する磁器。
付近一帯で焼かれる吉田焼・志田焼などとともに、近くの伊万里港から船で各地に積み出されたので、これらは総称して伊万里焼とよばれている。
元々は17世紀初頭、豊臣秀吉が朝鮮の陶工、李参平(りさんぺい)を連れて帰り、有田東部の泉山で白磁鉱を発見して焼いた陶磁器で、伊万里焼と同じ産地で同じ種類の物。

有田焼には3つの代表的な様式があります。
1つ目は肥前有田で江戸期に生産された、濃い染付と、金襴手と呼ばれる赤や金の絵の具を贅沢に使った模様からなる「古伊万里様式」です。
2つ目は濁手(にごしで)と呼ばれる乳白色の背景に余白を十分に残しながら、色鮮やかな赤・青・緑・黄で草花文様や動物文様を控えめに配置し、独特の調和美を格調高く見せている「柿右衛門様式」です。
3つ目は佐賀県一帯を統治していた鍋島藩の御用か禁裡、幕府への献上用として作られた「鍋島藩窯様式」です。

現在の有田焼も昔と同様に食器や美術工芸品の生産が中心ですが、タイル、碍子、耐酸磁器など工業製品の製造も行われています。

一般の説明とは違い骨董品業界の場合は、特殊な言い方や表現があり戸惑われる方もおられますが、昔からの習慣や慣例に基づき続いている古い業界なので、大きく物事をとらえて頂き骨董品や茶道具を連想して考えて頂ければ、と思います。