カテゴリー: 陶芸

赤絵

赤絵 ( あかえ )

磁器の一種。
錦手、五彩、色絵などとも呼ばれ、多くの種類がある。
釉薬をかけて、高火度で焼き上げた白磁の器面に、赤、緑、黄、青、黒などに発色する上絵の具で模様を描き、錦窯(きんがま)と呼ばれる小型の窯に入れて低火度で焼きつけたものをいう。
この手法を上絵付けといい、これを陶器に応用したものが色絵陶器である。
赤絵は中国で特に発達し、その影響を受けて、ベトナムや日本でもつくられるようになった。
最古の赤絵といわれる赤絵は、中国の宋代で13世紀につくられた宋赤絵である。
明代初期には中国最大の磁器の生産地である景徳鎮でつくられ、宮中の御用品とされた。
特に成化年間のものが優れていたとされているが、現在に残っているものはまれである。
また、明代中期には、濃い赤や緑を使った古赤絵(こあかえ)と呼ばれる赤絵が大量につくられ、金彩を加えた金襴手(きんらんで)と呼ばれる豪華な赤絵の他、様々な技巧をこらした赤絵が生まれた。
ベトナムの赤絵は安南赤絵といわれ、15~6世紀頃につくられ、黄ばんだ軟調の生地と、柔らかい筆使いに特徴がある。
また、日本の赤絵は中国に次いで世界に名高く、最初の赤絵は寛永、正保(1624~47)のころ有田の陶工、酒井田柿右衛門が長崎在住の中国人に学んで創始したものといわれている。
その技法はまもなく有田一円に広まり、有田には赤絵町が生まれ、製品は伊万里や長崎の港から、日本はもとより、遠く海外にも大量に輸出された。

赤膚焼

赤膚焼 ( あかはだやき )

奈良市五条町付近で産する陶器。
赤膚山焼、五条焼ともいう。
陶土は西の五条山 (赤膚山) から運ばれる。
白い土質で、淡い赤みを帯びた灰白釉をかけ、京焼風の上絵付けをする。
江戸時代初期には遠州七窯の一つに数えられた。
生産は現代まで続いているが数次の断続があり、天保年間 (1830~44) の奥田木白 (もくはく) の作品が最も優れている。

奈良市の五条山(赤膚山)付近で作られる陶器。
遠州七窯(えんしゅうなながま)の一つ。
天正年間(1573~1592)に始まるが、茶陶としては寛政以後。

奈良市五条町の陶器。
五条焼、尭山(ぎょうざん)焼とも。
創業は天正説、享和説、遠州七窯説などあるが不明。
江戸中期、柳沢尭山(郡山城主)のころ再興され、名工木白(もくはく)(柏屋武兵衛)〔1799-1870〕が出てから有名になった。

奈良市・大和郡山市で製作されている。
小堀遠州の好んだ遠州七窯の一つに数えられる。
大和五条山附近一帯の土は製陶の素材として適し、古くからの窯業地。土器・火鉢などの製作が盛んにおこなわれていた。
その後、安土桃山時代に茶の湯がおこると、茶道具がつくられるようになった。
乳白色のやわらかい風合いと奈良絵文様などが特徴。
現在は、花瓶・茶器・水指など多様な作品がつくられている。
奈良県伝統的工芸品。

上り

上り ( あがり )

陶器の焼き上がりの事。

陶芸の魅力のひとつ。
微妙な色合いや色目など、釉薬のかけ具合や本焼きの時の微妙な温度などで変わってくるものなので、焼いてみるまで仕上がりがわからない、そんな意外性を楽しむ。

古陶器の素地の断面を見ると、同じ素地であるにもかかわらず、断面色が異なっている場合がある。
昔の坑窯では、焼成終了とともに焚き口・煙突口を泥で密閉した場合もあったようだ。
つまり、冷却還元焼成という状況になった場合も少なからずあったに違いないと推測する。
現代の焼成のように、キチンと酸化焼成・還元焼成という区分けは難しい。
薪をくべると超還元焼成状態になり温度が上がらず、しばらくして焚き口を開けると酸化により温度が急上昇する、そんな還元と酸化状況が極端に交互して焼成がなされたと思われる。
そして冷却条件も加味されるので、昔の焼成方法は、実に複雑であったと言わざるを得ない。
今でも、登り窯や坑窯を好んで使う陶芸家がいるのは、単に灰かむりを期待しただけでなく、そんな複雑な焼成条件が醸し出す微妙な古の色触を愛でた感覚に因るものであるのだろう。

酸化焼成
窯内に酸素を十分に取り込んで、徐々に温度を上げ青白い炎で焼きます。
還元焼成
窯内の空気の流れを遮断して、不完全燃焼の状態で焼きます。
赤黒い炎で一酸化炭素を発生し、黒い煙が出ることも。
燃料の種類や供給のタイミングが難しいため、高度な技術が必要。

アタリ

アタリ

陶磁器や陶器の事で、胴の部分に他の物が当たってできた放射状のニュウと釉薬のキズのこと。
骨董的には、大きな傷では無く、少しの傷のことで、本当に小さく少しだけ当たって出来た傷のこと。
アタリ以外で、同様の傷のことをホツとも呼びます。
骨董的には大概の場合は、陶磁器の上にかけられた釉薬のみに傷が放射状に入っている場合のことです。

後絵焼物

後絵焼物 ( あとえやきもの )

陶磁器の場合ですが、古くなったものなどの色がはげ落ちているものに、新たに顔料をつけて焼き直してあるもの。
骨董的には、安物の簡単な絵が描かれた陶磁器に新たに顔料を付け、一番最初作られた時から焼かれていたように見せかけて焼かれた陶磁器で、偽物の品物のこと。
上物に見せかけて、高価に売ること。
本物の色を覚えておかないと、こうしたものに手を出すことがあります。

アマ手

アマ手 ( あまで )

焼成が不十分なために、表面全体に貫入(カンニュウ)が入ってしまった物のこと。
焼成時における素地と釉薬との収縮率の違いから生じます。
叩くと鈍い音がします。
九州では無キズとして扱うようです。
アマ手と言われる陶磁器は、食べ物の色や汁が染み込み黒くなっていくこともある。
見た目も悪く一般的には安く売られている。

雨漏手

雨漏手 ( あまもりで )

朝鮮の茶碗(高麗茶碗)の一種で、長年の使用により茶碗の内側に灰や紫色の浸みができ、それが天井や璧にできる雨漏の浸みのように見えることから、茶人がそう呼び慣らすようになりました。
粉引茶碗に多く見られます。
このように長年使用されたり年月が経って自然にできた模様もまた、茶人や骨董的には、魅力があり人気があります。

飴釉

飴釉 ( あめゆう )

鉄分を含んだ釉 (うわぐすり) の一種で、酸化焼成で褐色になる釉薬のことです。
木灰、藁灰、長石、あか粉などを調合したもので、飴色に発色。
食べる飴のような、柔らかい感じの発色や見た感じが食べる飴のように見える釉薬のこと。
発色にバラつきがあり、釉ムラが出やすいのが飴釉の特徴です。

有田焼

有田焼 ( ありたやき )

佐賀県有田町で産する磁器。
付近一帯で焼かれる吉田焼・志田焼などとともに、近くの伊万里港から船で各地に積み出されたので、これらは総称して伊万里焼とよばれている。
元々は17世紀初頭、豊臣秀吉が朝鮮の陶工、李参平(りさんぺい)を連れて帰り、有田東部の泉山で白磁鉱を発見して焼いた陶磁器で、伊万里焼と同じ産地で同じ種類の物。

現在の有田焼も昔と同様に、食器や美術工芸品の生産が中心ですが、タイル、碍子、耐酸磁器など工業製品の製造も行われています。

安南焼

安南焼 ( あんなんやき )

古く安南とよばれたベトナムの陶磁器をいう。
ベトナムは早くから中国の影響をうけ、製陶のさかんだったところで、12、3世紀ごろには宋風の青磁や白磁が焼かれ、15、6世紀には元、明(みん)の染付、赤絵の影響をうけて、優れた染付や赤絵を焼いており、その製品は、東南アジア一帯にいきわたっている。
日本の茶人が古くから安南焼とよんで珍重しているのは、17世紀ごろ御朱印線などによって運ばれたベトナムの染付や赤絵で、安南絞手(しぼりて)、安南蜻蛉(とんぼ)、紅安南などとよばれるものである。
茶碗が多いが、水差しや花生けもある。染付は呉須が流散しているものが多いため、俗に絞手とよばれ、トンボを描いたものが特に有名。
紅安南は赤絵のことで、まれに金彩を加えたものがある。
これらの安南焼はすべてねばりのある細かい灰白色の素地で、底に茶褐色の渋釉(しぶぐすり)を塗ってあるのが特徴とされている。

ベトナムで作られた陶磁器の総称です。
安南呉器(ごき)・安南青磁・安南染め付け・紅安南などがあります。
無地安南と呉須安南の二種があり、日本に古く渡来したものは茶人の間で珍重されています。