正倉院

正倉院 ( しょうそういん )

奈良時代の寺院や官庁の主要な倉庫。東大寺正倉院が最も有名で、唯一の遺構であるため、現在は固有名詞となっている。東大寺正倉院は大仏殿の北西に位置し、聖武天皇の遺愛品および東大寺の寺宝、文書類など約 9000点を収納。国宝。正倉は木造高床で北、中、南の3倉に分れ、壁体は窓がなく、北、南の2倉が校倉 (あぜくら)、中倉は板倉。このため当初は北、南の2倉が並んで建てられ、まもなく中倉で連結したものとする説があるが、定説となっていない。奈良時代創建以来、原形のままで保存されているが、収蔵品は 1962年鉄筋コンクリートの宝庫に移された。宮内庁の所管。

奈良市の東大寺にある皇室の宝物を収めた倉庫で、2006年5月、その床や天井の木材を年輪年代測定した結果、8世紀中ごろ(奈良時代)に完成した時から、北、中、南の3つの倉が並んだ現在の構造だったことが分かった。従来は、当初は中倉はなかったとする「二倉説」と三倉がそろっていたとする「三倉説」があった。

奈良市東大寺大仏殿の西北にある宝庫。天平時代の建造で、校倉(あぜくら)造りの北倉・南倉を、板倉である中倉がつなぐ。宝物には、聖武天皇の遺愛品や東大寺の文書・寺宝などのほか、ペルシアおよびアジア各地の遺品も含まれ、東洋美術の粋を伝える。現在は宮内庁の所管。
正倉およびその敷地の一郭。正蔵院。

大仏殿造営(745年−752年)前後に建造されたもので、聖武天皇の冥福を祈って光明皇后が大仏に寄進した聖武天皇遺愛の御物や、天平勝宝4年の大仏開眼会に使用されたもの、東大寺境内図等の地図、古文書類、生薬などが納められている。大部分が奈良時代あるいは中国唐代のすぐれた文化を代表するもので、〈国家珍宝帳〉等5種の《東大寺献物帳》によりその詳細が知られ世界的にも貴重な資料となっている。《鳥毛立女屏風》や狩猟文錦等をはじめとする染織品、螺鈿(らでん)の楽器、三彩などの陶磁器、ガラス製品などが名高い。現在は宮内庁の所管で、年1回秋に曝涼(ばくりょう)が行われ、その時を利用して調査整理が続けられている。

奈良の東大寺大仏殿の裏手に当たって見える白壁に囲まれた一郭の通称。ここの正倉には8世紀、奈良時代の文化を具体的に伝える多くの遺品が収蔵されている。大陸から舶載されたものも多く、それらは唐代の文化の粋を示すとともに、唐代の文化が受け入れた西方諸地域の文化の姿をも伝えており、古代の東西文化の交流について多くの資料を提供している。