新文展

新文展

1907年に文展(文部省展覧会)として出発した官展が、1919年に帝展、1937年に新文展に改まった。さらに、45年の敗戦を迎えたが、46年春、文部省主催による日本美術展覧会すなわち日展として再出発した。

日展の正式名称は組織変更および公募展名称変更に合わせて幾度か変遷しており、かつては「文展」「新文展」「帝展」などの公称が使用されていた。

帝国芸術院時代、帝国芸術院の事業から美術展覧会開催は切り離され、開催所管は文部省へと移り、1938年(昭和13年)の第1回新文展(新文部省美術展覧会)より1944年(昭和19年)の戦時特別展まで続いた。