大樋焼

大樋焼 ( おおひやき )

加賀金沢の楽焼き。
寛文年間(1661~1673)に、金沢の大樋で、京都の陶工長左衛門が創始。

石川県金沢の楽焼。江戸時代初期大樋長左衛門の創始にかかる。茶道具を主に作り、赤黄色のいわゆる飴釉が特色。

利休から数えて4世にあたる仙叟宗室は、はじめ医師を志して野間玄琢に師事し、玄室と称していたが、玄琢の死後千家に戻り、のち加賀藩主前田利常の茶道茶具奉行として仕えるところとなった。
その折、京都から大樋長左衛門を伴って金沢に赴き、〈大樋焼〉を開窯した。
宮崎寒雉を指導して茶の湯釜を鋳造させたという。

茶の湯の世界を簡単に骨董店から説明させて頂きます。
お抹茶の世界は、茶道の最初は、千利久から始まり、千宗旦の時代頃に裏千家、表千家、や三千家が作られていった。
また、小堀遠州を祖とする大名好みの豪華、唯美的な一流派、遠州流や
表千家 7代如心斎の門下の川上不白 (1716~1807) を祖とする茶道流派の一つ。
である江戸千家、等々、それぞれ流派の決まり事や、作法の違いや、特徴はありますが、大きく茶の湯、と解釈すると同じような目的や志が見えてきます。
お煎茶の世界も同じでいろいろの流派があり、それぞれの流派のお家元がおられ同じような事が言えるでしょう。
お茶の世界では、お軸は、禅語が好まれ、お茶室の正面に掛けられる一行書は一番大切なお軸です。現在の禅宗の僧や、昔の高僧、また歴代のそれぞれのお家元
が書かれたお軸も多く使われます。
お道具は、それぞれのお家元の書付のあるお道具や、お家元の自作のお道具、また歴代の昔のお家元の作品は一般的に高価に取引させています。
茶道具の一般的なお話ですが参考までに書かせて頂きました。