お歯黒壺

お歯黒壺 ( おはぐろつぼ )

明治時代以前、一定の年齢に達した女性や既婚の女性、また公家の男性がつけていたお歯黒の材料となる鉄漿水(かねみず)を作るための壺。
酢酸に鉄を溶かした鉄漿水(かねみず)と五倍子(ごばいし/ふし)粉と呼ばれるタンニンを多く含む粉で歯を黒く染める風習があり、お歯黒のための液を入れた小壺を「お歯黒壺」と呼びました。
越前のものが名高く、片口が豊富です。
金具を付けて掛け花入に転用されているものもあり、鉄漿壺ともいいます。
茶人や数寄者は珍しい物や一風変わった物を好む習性があり、普通に使われた何でもない小壺ですがお歯黒壺と珍重しています。

日本にも各都市にいろいろな、陶芸作品の窯元がありました。
また、大陸から渡ってきた、古渡り、唐物の作品も日本には数多く残っています。
そして、豊臣秀吉が連れ帰った、朝鮮の陶工、により伊万里焼の陶磁器の生産が始まり、陶芸作品が一挙に庶民にまで、いきわたりました。
陶芸作品は、登り窯のように火をくぐり自然の中で完成します。
作品の景色や、状態は、焼きあがるまでわかりません、そこに陶芸作品の面白さがあり、同じ窯で同時に焼かれても、一点、一点、違い同じ焼き上がりの陶芸作品はありません。
焼き上がりの景色や出来栄えにより価格は大きく違ってきます。
また、産地の特定や、時代の判断は、高台の土や陶芸作品の色合い、また図柄の伸びやかな生き生きとした大胆な構図、形で判断します。
そして藩や官窯になりますと、緻密で極彩色や空間の伸びやかさ、また精密に書かれた年号等で真贋を問われます。
このように陶芸作品の真贋を問う場合や、時代を見るのは数十年の経験が必要でしょう。
どの陶芸作品でも同じで、参考までに書かせて頂きました。