木版画

木版画( もくはんが )

木版刷りの絵。

木材を版に利用した版画。版面に用いる板面の違いにより板目木版、木口木版の2種に分けられる。前者にはホオノキ、サクラ、イチジクなどを用い画線部分を凸部とする陽刻と、反対に白抜きの凹線で説明する陰刻とがある。後者はツゲなどを用い鋭い刀による×や≡の繰返しで凹部をつくり、複雑な調子を表現するのが特徴。日本では江戸時代に入ってさし絵入りの浮世草子や浮世絵の発展に従って技術的にもすぐれたものが作られ、明治以降創作版画の運動などを通じて広く人々に普及した。

木版画は最も古い版画形式で、凸版である。ホオノキ、ナシ、イチジク、ブナなどの板目を版面とする板目木版woodcut(英語),gravure surbois de fil(フランス語)、Holzschnitt(ドイツ語)が当初から広く用いられているが、18世紀末に考案されたツゲなどの木口(こぐち)を用いる木口木版wood engraving,gravure sur bois debout,Holzstichは銅版画に似た効果によって19世紀に実用的な挿絵に多く用いられた。

奈良時代に中国から伝来したようであるが、中国で初めて木版に画像が刻まれたのは唐時代といわれ、初期の例のほとんどは仏教に関連したものであった。日本でも初期の作品は仏教関係のもので、今日に残る作例も少なくない。中国では近代まで仏教・道教関係の挿絵程度にとどまったが、日本では平安時代後期に「扇面法華経(ほけきょう)冊子」の絵や「三十六人家集」の料紙装飾に雲母(きら)刷りが用いられるなど、重要な美術的手段として活用された。鎌倉・室町時代には木版手彩色の仏画も少なからず生み出され、また絵巻、草子、屏風(びょうぶ)などの絵柄や装飾などにも木版画がしばしば用いられた。
 江戸時代に入ると、浮世絵の登場とともに木版画は急速な発達を遂げた。浮世絵版画の誕生は版画史上画期的なできごとであったが、絵師、彫師(ほりし)、刷師(すりし)の分業形態を生んだことでも注目される。

町人の絵画として、武家の支持した漢画系の狩野派とは対立するが、様式の創造的な展開のために、その狩野派をはじめ土佐派、洋画派、写生画派など他派の絵画傾向を積極的に吸収消化し、総合していった。安価で良質な絵画を広く大衆の手に届けるために、表現形式としては木版画を主としたが、同時に肉筆画も制作し、肉筆画専門の浮世絵師もいた。〈浮世絵〉という新造語が定着し始めるのは、版本の挿絵から一枚絵の版画が独立した直後の天和年間(1681‐84)のころである。