古伊万里

古伊万里 ( こいまり )

最も流布している通説では日本名を金ヶ江三兵衛という朝鮮からの帰化陶工の李参平が佐賀県有田上白川天狗谷にてわが国ではじめて白磁染付磁器の製作に成功したとされ、これを伊万里焼と呼びます。
この名称は多数の製品が伊万里港から出荷されたことによります。
特に寛永(1624-44)中頃よりの初期および元禄(1688-1704)を中心にその前後の盛期の作を古伊万里といいます。
伊万里には染付、青磁、青磁染付、色絵などが有り、江戸中期頃からオランダの東インド会社を通じてヨーロッパにも盛んに輸出され、ヨーロッパの焼物に大きな影響を与えました。