咸臨丸

咸臨丸( かんりんまる )

日本人の操縦で、初めて太平洋の横断を果した江戸幕府の軍艦。オランダで建造、安政4 (1857) 年進水、同年長崎に到着、10万ドルで購入された。長さ 49m、幅 7m、三檣で 100馬力の蒸気機関を備えた内車型汽帆併用船。備砲 12門。日米修好条約の批准書交換のため派米された幕府使節の乗船したアメリカ軍艦『ポーハタン』号に同行した。万延1 (60) 年1月 19日出航、2月 25日サンフランシスコに入港、のちホノルルを経て帰国した。軍艦奉行木村喜毅、艦長勝海舟以下 98人の日本人によって航海した。なお 11人のアメリカ士官、医者が便乗していた。

江戸幕府が安政4年(1857)にオランダで建造させた木造・3本マストの蒸気軍艦。原名ヤパン。排水量625トン、機関100馬力、備砲12門。幕府海軍の練習艦として用いられた。万延元年(1860)勝海舟を艦長として遣米使節の随行艦となり、太平洋を横断。

江戸幕府が海軍創設のためオランダに発注、1857年カッテンダイケの指揮で長崎に到着した木造軍艦。原名ヤパン号。3本マストの帆船、長さ49.5m、幅7.2m、100馬力の補助蒸気機関をもち、海軍伝習所の練習艦となった。1860年遣米使節の護衛と実地操練のため、艦長勝海舟の指揮で太平洋横断(所要37日)。幕府瓦解後、榎本武揚の艦隊に参加したがv荒天のため清水港に入港していたところを官軍が捕獲。のち開拓使所管の運送船となる。