画壇

画壇 ( がだん )

画家たちの社会。

京都画壇は近世より、土佐派や四条円山派などが展開していましたが、一般的には 明治以後の京都美術界のこととされています。

江戸時代に三都といわれた江戸・京都・大坂にはそれぞれ江戸画壇・京都画壇・大坂画壇という画家たちの社会があった。
江戸画壇や京都画壇はメジャーであったが、大坂画壇はなじみ難いものであった。
しかし、江戸時代の大坂は町人の都市として、また、各地方の大名の蔵屋敷があった町として賑わいを見せ大坂画壇として特色のある活動があった。
大坂画壇の画家たちは大坂で生まれた人もいれば各地から来坂して住居を構えて大坂で活躍した人達もいた。
大坂画壇の特色は京都で学んだ画家が来坂して活躍したので京都画壇の影響を多く受けている。
江戸や京都の公武社会でのアカデミックさは大坂で認められず、町人社会の支持層による格式にこだわらない自由な発想があったように思える。
狩野派や圓山派、四条派、南画、琳派などのいろいろな画風をもった画家たちが町人の支持を得て活躍した。