永楽焼

永楽焼 ( えいらくやき )

京焼の一つ。
江戸時代、文化年間に永楽善五郎と呼ばれる京都の陶芸家、永楽家が焼きはじめました。
主な作品には赤絵・金襴手(きんらんで)・交趾・仁清写し等があります。
1827年、十一代保全が紀州藩十代藩主徳川治寶の別邸西浜御殿の御庭焼開窯に招かれ、作品を賞して「河濱支流(かひんしりゅう)」の金印「永樂」の銀印を拝領しました。それ以降、「永樂」の印章を用いると共に12代・和全の代から永樂姓を名乗り、さかのぼって了全と保全も永樂の名で呼ばれています。

代々続いた千家十職の中におられる京都の陶芸家が作られた作品です。
十二代和全が、幕末に衰退していた九谷焼を復興するため、九谷本窯を直営していた大聖寺藩に招かれた際に作られた焼物で「九谷永楽」と呼ばれる焼物もあります。

一般の説明とは違い骨董品業界の場合は、特殊な言い方や表現があり戸惑われる方もおられますが、昔からの習慣や慣例に基づき続いている古い業界なので、大きく物事をとらえて頂き骨董品や茶道具を連想して考えて頂ければ、と思います。